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【チベット:永沢哲】No3_自然なプロセスに内在する智慧 ~身体構造の違いは発想の違いにも現れる~

 野口整体の体癖論もとてもおもしろいものです。人によって体の形とか運動の仕方に現れてくる身体的な特性とか。エネルギーの特性の違いがあります。昔から人相学などがあり、今でもジプシーとかカバラの知恵として実践されています。マージナルな(境界の)科学になっているわけです。それを現代的に復活させることができると、僕は思っています。

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 それはどういう意味を持っているかというと、一つには人間同士のコミュニケーションにおいて、それぞれの人がこれはまったく当然だと思っているような発想や反応があるわけです。たとえば同じ、人を助けるという行動であっても、Aという人が自然にやってしまう行為とBという人がやる行為とは全然違うことが考えられるのです。それはどこから来ているかというと、体癖論で見ると、生まれてからの社会体験とか生活体験なども影響するけれども、もっと生物学的に身体の構造に対応しているようなからだの使い方とか発想の仕方などから出てくるものがあるのです。
 普通は違うパターンを持っている人はお互いにわからないから、それによってお互いに非常に傷付いているわけです。相互の違いというものを理解することによって、逆に一緒に生活したり、物事を考えたりということが容易になってくるということがある。これから先、コミュニケーションの回路を通じたうえでどのようにしていろんな問題について選択していけ心かということを考えていくのにも、非常に役に立つと思います。

(文責は永沢哲 1997年3月「湧」再掲)Alexandr IvanovによるPixabayからの画像

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【続】

生命にきっちり依拠できれば他には何もいらない

心の解放につながる身体の動き

身体構造の違いは発想の違いにも現れる

自分を使いきって死ぬ

植物昏睡状態の人とのコミュニケーション

コミュニケーションのプロセス