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【チベット:永沢哲】No2_自然なプロセスに内在する智慧 ~心の解放につながる身体の動き~

 野口晴哉は、人間はもともと悟っているのだといいます。この悟っている状態が、天心です。自然解放の状態において、 僕らの心は最初から悟っている。ところが。いろいろな形でそれを覆い隠してしまっている。だからそれらを取ってしまう。解き放って、心をもともとの流動状態にもどしていく。そのために何をしたらよいかというのが、野口整体の具体的ないろいろな方法になっているのだと思います。

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 その一つに活元運動かあります。中国の気功法でいう自発動功にあたるもので
す。簡単な予備運動をして、ポカンとしながら音楽にあわせて出てくる運動に身
をまかせる。
 活元運動をすると、本人の潜在意識や無意識の中の心身の解放欲求や修正の欲求が体の動きとして出てきます。ゆがみの修正に向かうのに一番適切な、ナチュラルな動きが出てくるのです。たとえば頭を使いすぎている人は、床に頭をつけて首を動かすような運動が出てきたりします。体が整ってくると、だんだんその動きはダンスのようになります。
 活元運動にはいくつかの意味があって、一つは抑圧の問題に関係しています。抑圧する機能自体は人間には必要なものなんだけれども、それが強くなりすぎると心身のバランスを崩します。活元運動を行うと、身体の回路を通じてそういうエネルギーが解放されていくのと並行して、心のレベルでも抑圧が弱くなるものだから、無意識に放り込まれていたものが意識化されやすくなります。いろいろな記憶や感情が出てきては解放され、消えていくというプロセスが生まれてくるのです。自然な解放状態に放置しておけばよい。何か意志的に変えようとする必要はありません。そうすることによって問題が解放されていく。それによって、僕らをつき動かしている力は、認識や直観に変容していきます。ナチュラルな智慧が発現してくるのです。そこにはチベット仏教との深い共通性があります。活元運動は人間の心の解放の問題に直接つなかっているのです。

 また野口整体には愉気という方法があります。相手に気を送ることなのですが、一方的に気を送り送られという関係は依存を生みます。愉気の考え方はそういう二元論を超えています。野口氏はそれを感応という言葉で表現しています。愉気によって、二人の人間の間に感応が起こる。二人の人間が出合って、気の交流が起こる。そうすると、どこに手をあてていったらいいのか、自然にわかってくる。手にまかせればいい。力を無理に加えることなく、その二人の間に生まれてくる感応の空間のダイナミックな運動に身をまかせれば、自然なシークエンスに従って自由な秩序が生まれてくるのです。愉
気をしている人もそれを受けている人も、どちらも抱えてきた問題から解放されて、
荷物がひとつばさっと落ちるような状態になるのだと思います。また、僕らは今の社会ではわりと左脳を中心に生きているわけだけど、愉気というのは左脳と右脳を統合していくのにも非常に有益な方法だなと思います。

(文責は永沢哲 1997年3月「湧」再掲)mohamed HassanによるPixabayからの画像

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