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【湧】人間の自然能力No17

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増田  鳶職の人は、必ず一生に一度や二度は高いところから落ちることがあるそうです。その時に、落ちると思ったら死ぬ。飛び降りてしまうのだそうです。そうすると、ヶガはするけれど命は残る

竹居  迎え入れるのでしょうね。
今村  その切り替えができるかどうか。
竹居  やっぱり死ぬ人は淘汰される人なんです。
永沢  ここが野口整体の何とも言えない野蛮なところです。(笑)何かあると、すぐに淘汰されると言っておしまいにする。仏教と言うのにためらわれるところですね。けれども、仏教でも宇宙の理法にしたがうものは栄え、そうでないものは滅ぶというわけで、「淘汰」という野蛮な表現を通じて野口整体が言わんとしていることは、仏教からそれほど遠くないのかもしれません。
竹居  結局、そういう種を残してもしょうがないという自然界の掟です。

永沢  野口先生は、自然は本物になることを求めているという風におっしやいますね。
竹居  自分を見つめるということは、自然は何かということを追求する一生と言ってもよいくらいです。今は自分の自然をわからないのですよ。本当に何を食べたいのか、という事まで。今、これかおるから食べているけれど、本当に食べたいのかといったら、分からない。そういう時は、10日くらい絶食してみると、分かる。あれが食べたいというのか出て来ますから。それのレベルで食べているかどうか、一度やってみると分かる。

永沢  自然の中に、そういう本物になっていこうという傾向性というか、力みたいなものがあって、それがいつも働いているんだということですよね。
竹居  そうですね。それが欲求、内なる欲求なんです。それを誤解して、感覚的なものを内なる要求だと思っている人がいるのですよ。
増田  断食した後では、何か食べなければというなんとなく働いている意識が
なくなりますね。食べたくはなるけれど、食べなきやという意識がなくなる。

(1997年11,12月号「湧」再掲)