『湧』<blog magazine> nishitakesi

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【チベッタン・ヒーリング:梅野泉】No14_美しい人の死の記憶が、生を突き動かすとき。どうしても、ヴァジュラヨギーニになりたい、と彼女は言った。

お盆のせいか、こんなことを思い出しました。
 人は他者の死に遭遇したとき、実に不思議な感覚を覚えます。
 私が初めて人の死体を見たのは、確か中学3年の時でした。
 死体という言い方は好まれないかもしれませんが、その時、私の目に映ったのは紛れもない一体の少女の死体、死んだ少女の身体でした。
 私はイスラム教とキリスト教が同居していたエジプトの学校気分が抜けないまま東京の公立中学に転入し、一年ちょっとで神戸のキリスト教系の女子校に転校となりました。まだ校風にも、クラスにもなじんでない頃,すすんで友達になってくれたちょっと太ったクラスメートに「〇〇さんが死んでしまったのですよ!これからお祈りにいきます」と半ば強制的に女子校の近くの教会に連れられて行ったのです。
 少女の身体は当時の女学校の制服に包まれて、色は紺。襟は白。その白い襟元から細い首が伸びて、とがった顎のお顔が純白のシルクの枕に沈み、白い冷たそうな感触の花びらに囲まれてありました。その少女は、学内で噂の立つほどの美人でした。制服のスカートから覗く白い足、長い黒髪。利発だけれど、どこか物憂い表情、この世を遠くに見るような目、少し舌足らずなしゃべり方の薄い口元。どこをとっても生きていたときに目にしていたのと、そっくりの姿かたちでそのまま横たわっているかのようでした。けれど、一つだけ、大きな違いが感じられました。それは、まるで「石のよう」に横たわっていたことです。
 そこは教会の中の狭い一室で、壁は白く、彼女の棺を取り囲むように、四方に4本の丸みを帯びた石の柱が立っていました。
 同じ制服姿の私たちは、多分4人いたのだと記憶しますが、棺のそばに立ち、祈りを捧げました。アーメン、と最後の祈りを終え、沈黙がやって来た時、私はひそかに、「人は神に召されると魂を抜かれこのように石になる」と納得し、美しい人が私たちと同じ年齢の15歳で逝ってしまったことだけが目のまえにある事実で、そこに感情をさしはさむ気にはなれなかったのです。古めかしい木製のドアにはめられたデコボコのすりガラスから陽の光がこぼれ、それが私の黒い革靴にテカテカと当たり、なぜか、しばし茫然と立っていたこと、そのあと皆と一緒に近くの王子動物園に行ったことだけを覚えています。
 なぜ、動物園だったのか!? 多分推測するに、泣きはらした眼をした3人の女学生たちは、悲しみを振り払おうと、動物園に行って気を晴らそうとしたのでしょう。
 お猿さんの広場の前に来た時、少し太ったクラスメートが目をクリクリさせて私に向かってこう叫んだのです。「あなたはネコッ被りです!偽善者です!」と。彼女は足を踏ん張って叫んだので、スカートの襞が丸く膨らむように見えました。
 私は正直、びっくりしました。訳もなく、理不尽な言いがかりを、と思ったのですが、きっと私が涙ひとつ見せず、集団に同調していないのを不愉快に思ったのだろうと、と考えました。
 また、この女学校にはキリスト教教育の一環として聖書の時間があり、その授業で、やせ細った女性の先生がよく「偽善者」というコトバを使っていたのを思い出します。どういわれても、無理に泣くことなどできません。

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三原山をバックに、ヴァジュラヨギーニのポーズ

 涙の問題よりも、私にとって気がかりだったのは、「死んで石になる」という問題でした。
もし、石を、自然界のいのちの様相のなかで、最も堅いもの、と見るとすれば、いのちの柔らかさというものを一方に求めてやまない。それは例えば、ゴツゴツとした岩を舐めるように流れる水であり、生まれたばかりの赤ちゃんであり、柔肌であり、そして女性性のすべて、変容の見事さ、生きていいる、動いている、というその連続性。
 ターラ21尊の中には、あらゆる感覚、あらゆる感情を用いて女性の姿で衆生のために役立てるという原理が働いており、ときに憤怒、ときに柔和な顕現となります。なかでも、ヴァジュラヨギーニはターラが憤怒の姿となったダキニ(チベットの女神)で、ターラダンスを捧げた三原山の火の女神と呼応して、いのちの爆発を促してくるのです。人はどんなにか、いのちのままに、五大元素の活力のままに、生きたいと願うことか!
 しかしまた、石のとしての死体も、それも完璧なのです。 

チベッタン・ヒーリング―古代ボン教・五大元素の教え

チベッタン・ヒーリング―古代ボン教・五大元素の教え

  • 作者: テンジン・ワンギェルリンポチェ,Tenzin Wangyal Rinpoche,梅野泉
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