『湧』<blog magazine> nishitakesi

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【湧】情けは人の為ならず

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 「情けは人の為ならず」ということわざがある。今までこれは「人のために情けをかけるのはその人のためばかりでなく、やがて自分によい報いがあるものだ」という意味だと思っていた。ところが最近、ことに若い人は「情けをかけると相手のためにならないから情けはかけない方がよい」というまったく反対の意味で使うという。そこで大勢の人に聞いてみたら結果は両方に分かれてしまう。国語辞典などははっきり前者に軍配を上げているのだが。
 さて、このことわざはいつ、誰が、本当はどんな意味を持たせて作ったのであろうか。こう考えているうちに、どうもこれは日本語で創作したにしては不自然な言葉だと疑いを持ちはじめた。それではもし、漢文であったなら何と書いたであろう。
 「情 非 人 為」と書いていたのではないだろうか。
 これを「情ハ非人為」つまり、情けは人為にあらずと読んだら、前の二とおりの解釈とはまったく別の意味になる。情けの心は始めから備わっているもので意識的にやりくりできるものではない。たとえば、ベランダから今にも落ちそうになっている幼子を見たら誰でも適否是非善悪の判断以前に助けに走る。そのことを「惻隠の情」というが、ちょうどこのことを表しているのではないだろうか。
 「情けは人の為ならず」には功利的響きがあり、こう読んでいると人の世は住みにくくなるように思えてならない。実際の生活の中のほとんどの行為は「情非人為」なのであろう。どなたか正確な由来を教えていただきたい。(MM)(月刊「湧」1989年9月号再掲)