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【湧】女人国

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 学生の街頭デモや路上集会が盛んになり、無気味な胎動を始めた北京で、写真家の王琦さんから珍しい少数民族の話を聞いた。
 中国の雲南省と四川省の山深い省境に沪沽湖という湖がある。歩いて一周するとまる二日かかるという。風光明媚なこの地には湖を囲むようにして一万人ほどの摩梭人という少数民族が住んでおり、この人たちは昔から女人国とよばれ世界でも珍しい母系社会を営んでいる。婚姻制度というものがなく、生まれてくる子はみんな私生児である。女性の家長のもとに家族が構成され、十三歳で成人式が済むと女性には家や部屋が与えられる。すべての決めごとは女性がする。勿論毎晩の婿選びもである。招かれる男性は厳密に約束された暗号にしたがってドアを叩いたり、小石をどこかに投げつけたりして入口を開けてもらう。一晩だけの結婚もあり、幾晩か続くこともあるが、必ず毎朝離婚しなければならない。ある朝早く、王さんが小高い丘の上に登ってみると、あちこちの家々から一夜の婿たちがてんでの方向にいそいそとかえっていくのが見えて、思わず噴きだしてしまったそうである。異性問題その他万事争いごとがみられない、平和そのものという暮らしぶりなのだそうである。王さんはここに暮らしているうちに、当たり前だと思っていた婚姻制度が、むしろ滑稽で野蛮な制度だとさえ思えてきたという。
 たしかに婚姻制度は権利、所有、支配という概念と強く結びついてきた。長い歴史の中でこのような強烈な個性を守ってきた民族の生き方は、社会の根本を考えるのに絶好の素材である。
いま、中国には五十以上の少数民族が個性的な暮らしをしている。(MM)

(月刊「湧」1989年6月号再掲)