『湧』<blog magazine> nishitakesi

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【湧】薫風にのって

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 江の島の海を色とりどりのウィンドサーフィンが埋めはじめた。本格的にはやりはじめてから十年そこそこである。今では中国の天津の河でも、ペルーのパラカス海岸でもやっている。
 かなり以前の話であるが、沖縄の珊瑚の海で波をきってみごとなセーリングをしていたインストラクターに極意をきいたことがある。彼は技術の一つ一つについては語らなかったが彼自身の体験を話してくれた。
 練習を重ねているうちにいつの間にか台風のさ中に挑戦していた。そこで得たものは自分が“風になる”ということであった。海の上にいることも風の中にいることも忘れて風になったとき、考えたり、風をよんだり、操作したり、バランス感覚さえ無用の長物であった。そうなったとき、うまくいかないという怖れがなくなっていたそうである。
 彼は八重山諸島の小さな島に住んでいて、本島まで、風のある日はまっしぐらリュックサック背中にウィンドサーフィンで買物に行く。モーターボートでは珊瑚を迂回しなければならないので倍の時間を要する。車検もない、免許もいらない、ガソリンも不要、痛快この上ないだろう。
 近年パラセール、ハングライダー、スカイダイビングなど風のスポーツが盛んになった。土からの隔絶と同じように、現代は風から隔離された日常生活が行き過ぎた、その反動だろうか。
 季節風や上昇気流にのって飛び立つ渡り鳥や適当な風を待って花粉を吹き出す杉や松のように五月の薫風の中に出てみよう。(MM)

(月刊「湧」1989年5月号再掲)WikiImagesによるPixabayからの画像