『湧』<blog magazine> nishitakesi

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【湧】人間の自然能力_No4

社会の通念や価値観、知識や情報によってがんじがらめになり、自然な自分を取り戻すことによってしか、人間の再生、地球の再生はあり得ない。

 「人間の自然能力」と題し、特に体に焦点を当てて考えてみました。既成の概念に最も左右されがちな意識から解放された体と、直に向き合うことの体験をご紹介していきます。

〈出席者〉竹居昌子 永沢哲 今村有策 家村佳代子 増田正雄本誌

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今村  チベット仏教をやっておられて野口螫体にいかれた、何かきっかけはありますか。
永沢  僕の場合、逆なんですよ。インドから日本に帰ってきてから一年くらい、野口整体をおりと一生懸命やったのです。そうしたらわからないことがいろいろ出てきて、それについてどう処理したらいいのかわからなかったのです。それに対応できるような方法をもっている伝統を世界中搜した時に、僕の中に最後まで残ったのは、スーフィーとラテンアメリカのアンデスのシャーマンだった。最終的にはアンデスに行くつもりで、向こうのシャーマンに弟子入りをお願いしますと手紙を書いてOKも取り、行くつもりだったのですけれど、ちょうど本屋でナムカイーノルプーリンポチエの本に出会い、それを読んでこれしかないと思ったのです。野口螫体を通じて自分が体験してい
る状態というのがあるのですけれど、それについての精密な記述というのがチベット仏教の中にあった。こういう精密な記述ができるためには人間一人だけではとても無理で、伝統が厚くなければできないと思ったわけです。

竹居  私は、整体にかかわってから、まだ三十五年くらいなんです。ですから、そんなに長い年月ではありません。野口先生の思想とか理念や技術は、結局は自分の体を通してまぺ体験を通して理解してゆくのが一番良いと思っています。体に関しての説明も。ただそれだけではわからない。例えば「体の要求で転ぶのです」ということを一つとってみても、体験と観察というところでしか実感できないし、理解できないでしょう。ですから皆さんにお話しするのも自分の中で体験し、実現できたことを基本にしてお話ししています。
 野口先生がお亡くなりになる前、私は三年間ドイツにいたのです。先生から離れていたことが、ある意味では決定的に幸いなことでした。離れていたために先生からお手紙を戴きますし、手紙を出せる、それに対して、返事が戴けるということで、そぼにいる弟子には持てない関係が、ドイツに行ったために持てたのです。
 亡くなる三ヵ月前に「日本に帰ってこい」とドイツに電話がかかってきたのです。私はその時、先生のお体の状態がよくないことを知っていました。というのは、先生のお体は今日はこうですねと手紙なり電話なりでおかずねすると、そのとおりだというような交信をしていたものですから、かなり先生のお体の事がわかっておりました。それからすぐに帰国して、亡くなるまでの三ヵ月間毎日、先生のそばで長い一緒の時間を過ごしていました。
 私は。先生がおっしやっていらっしやることはこういうことなんですかとか、そのところはここですかとか、先生のお体で直接お尋ねして確かめることができました。かなりたくさん得難いことを教えて戴いたんです。聞けばどんどん教えてくださった。皆だれでも聞いていることと思っていましたら、そういう質問をした者はいないと後でおっしやってました。私はかねがね習ったこと、書かれた本に疑問があったら、その本人に聴かなければだめだと思つていましたから、先生に直接伺えたということは、とてもよ
かったのです。
 理論的なことではなく、完全に本能的に自分の体でわかったこと、実感として確かめたこと以外は、ワークでもできません。それ以外の、ただ予想するとか、そうなるだろうということは、私の中にはないのです。自分の体験からだけなんです。

(「湧」1997年11月号 再掲)Stefan KellerによるPixabayからの画像

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