地湧社『湧』<blog magazine>

地湧社の読み物、情報を発信するWebマガジン

【湧】人間の自然能力_No3

 ”自分”なるものがいかに社会の通念や価値観、知識や情報によってがんじがらめになっているかということ、そしてそこから自由になった本来の自然な自分を取り戻すことによってしか、人間の再生、地球の再生はあり得ないのではないかということでした。

 「湧」では、この二つをつなぐものとして「人間の自然能力」と題し、特に体に焦点を当てて考えてみました。既成の概念に最も左右されがちな意識から解放された体と、直に向き合うことをされてきた方々の体験をご紹介していきます。

〈出席者〉竹居昌子 永沢哲 今村有策 家村佳代子 増田正雄本誌

f:id:jiyusha:20190709235006j:plain

永沢  整体と言うと、例えばカイロプラグディックとか、がっての療術の流れを汲む人達は体を調整する技術の問題を中心として扱っているようですが、野口先生の整体というのは。もっと大きく広いものであるという感じがします。
 つまり、人間が生まれてから死んでいくまでの過程の中で、それぞれがもって生まれている特性を生かしていく、逆にいうと本来の可能性が発現するのを妨げている障害というものをどんどん解放していきながら、もともと自分の中にある潜在的な力を自由に解放して生きて死んでいく。そのための一つの大きなまとまりをもっか体系だというふうに思うのです。
 それは野口先生ご自身の内側から生まれてきたものであって、実際、歴史的な背景なども調べてみたのですが、やはり大正年間に出てきた他の療術の人達とは全然違うのです。それまで積み上げられて来たいろいろな伝統は確かに吸収しているし、例えばヨーガや心理学系統のものもずい分たくさん読んでいただろうとは思います。しかしそういうものに入り込みがちな雑音が全くないような、透明になっている意識の状態。あるいは存在の仕方、たたずまいというものが、野口先生の中心にあって、そこからすべて生
まれてきているのです。人間か生まれてから死ぬまでの全体を貫いていくような思想、哲学、そしてまた人間が生きていくために必要な知恵というものが、人間の存在の仕方と密接に結び付いたいろいろな技術や技法と一体になって、伝承されてきていると思うのです。
 そのことが僕にとっては非常な驚きであって、同時に、先生と出会った人々を通じて、今の僕らの時代にまで残っているというか、逆に言うと、それぞれの独自の在り方、独自の身体の在り方を通じて、発展させられているだろうということについて、僕は感謝の念を抱いているのです。
(「湧」1997年11月号 再掲)Honey Kochphon OnshaweeによるPixabayからの画像

 最初はこちら

www.jiyusha.net