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【湧】人間の自然能力_No1

 この一年、”自分発”をテーマに、食、身体、環境、教育などの問題を考えてきました。そこで常に立ち返らなければならなかっだのは、その”自分”なるものがいかに社会の通念や価値観、知識や情報によってがんじがらめになっているかということ、そしてそこから自由になった本来の自然な自分を取り戻すことによってしか、人間の再生、地球の再生はあり得ないのではないかということでした。そこで来年は、この本来の自然から発せられる人間や地球の力をテーマに、様々な知恵の声をお届けする予定です。
 今年最後の「湧」では、この二つをつなぐものとして「人間の自然能力」と題し、特に体に焦点を当てて考えてみました。既成の概念に最も左右されがちな意識から解放された体と、直に向き合うことをされてきた方々の体験をご紹介していきます。

〈出席者〉竹居昌子 永沢哲 今村有策 家村佳代子 増田正雄本誌

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体からの発見

 野口瞹哉氏によって始められた野口螫体は、体のあり方を通して人間の自然な姿に迫ろうとする試みであると言えます。ある秋雨の午後、この野口整体を共通語に。人間の自然能力の現れる風景を。それぞれのいのちの場から語っていただきました。

 今村  僕は建築の設計をやっています。一般的に建築と言った時には建物のことを指しているようにとらえられているようですが、僕自身は、建物というより場というものに興味があります。自分の体、心というものが生成される場所、かつその周りの環境や自分の姿勢といったいろいろなものの全体が絡み合って。一つの場を構築してゆく。そういう絡み合っている場として、建築というものを考えているのです。

家村  私も同じように場ということを考えて建築に携わっています。
 例えば体というものを考えた時、体が物であるのか、あるいはどこからが体と言えるのかと考えるのですけど、同じように建築について、それが単なる物理的なもの、容器というのではなく、すべてのものの交かった瞬間みたいなところがある、その辺が一体何なのか、というテーマで考えています。
 建築というのは、一体何かということを考えていた時に、並行して永沢さんが翻訳された『ソクチェンの教え』(地湧社刊)という本を読んでいました。そこで書かれていたのは、ある段階を踏んで順々に行くのではなくて、普段の淡々とした生活の中で、一気にあるところまでエネルギーとか、体を持っていく。そういうのを読みながら考えていましたので、今日はそのあたりのお話も伺えればと思っています。
永沢  僕が、野口整体と関わり始めたのは、十年位前になります。その前に僕はフランス系の哲学を勉強していたのですが、フランスやヨーロッパのものの勉強をいくらやっていてもあるところから先は行けないなと思って、どうしようかという時に、友達がインドに行った方がいいよというので行って、帰ってからユングの勉強会を始めたのです。そこに野口整体をやっている人かいまして、そこで活元(かつげん)運動とか偸気(ゆき)というのを教えてもらっだのが始まりです。

 野口整体の知識のない読者のために、簡単に説明しておくと、活元運動というのは、中国の気功法でいう自発動功にはぼ当たります。簡単な準備運動をやって、頭をポカンとさせ。体が動くにまかせると、日常の意志的運動のつみ重なりの中で懼ったり歪んだりしている体の動きを修正するような無意的運動が出てくるのです。普通音楽を使います。野口先生は、この活元運動を錐体外路系(すいたいがいろ)の運動と定義しています。活元運動を通じて、錐体外路系が訓練される。それによって人間の内なる自然か鍛錬され、人間に内蔵されている本来の可能性が成長していくと野口先生は考えていたと思います。<続く>
(「湧」1997年11月号 再掲)育银 戚によるPixabayからの画像

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