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【湧】春の畑

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 春一番が吹いていろ。私はこの風が吹くと、古い友人の瀬戸さんの畑に行きたくなる。
 瀬戸さんの畑は箱根外輪山の東山麓にあって、二反歩余りの緩急斜面では一面のラジノクローバーの緑のキャンパスに、菜の花、すみれ、たんぽぽ、ほとけのざ、だいこんの花、おおいぬのふぐりなど色とりどりの花が春を描いている。その上に柑橘類をはじめ種々の果樹がそれぞれ実をつける準備をはじめている。眼下には足柄平野が広がり、のんびりと酒匂(さかわ)川が相模湾に向かって蛇行している。まさに「山川草木百花一面なり」である。この光景が現実よりもいっとき早く想像の世界に展開して、すぐにもとんで行きたくなる。
 瀬戸さんは三十年前に健康を損ったときから、人間と食べものの関係について強い関心をもちはじめた。ちょうど化学農業が盛んになりはじめた頃である。忙しい会社勤めのため、幸いにも畑は高齢のお母さんの伝統的な農法に委ねられていた。彼は仕事柄化学的情報が豊富にあり、健康や環境問題に関する資料をどんどん集めた。中でも福岡正信氏の自然農法については徹底した調査研究を行ない、自分の畑にことごとく投影させた。
 彼が意識的に自然農法をとり入れてから十五年になるが、滋味豊かな畑からとれる作物は雑草と土の臭いをいっぱいに含んだ爽やかな香りと味をもっている。みかんは一口に言って甘みも酸味も濃い。大きな竹の子いもはほどよくなめらかでほんのり甘い。
 今年もまた鈴なりの夏みかんの木の下で、彼のお母さんが背負ってきてくれたおにぎりとたくあんをごちそうになりながら、人類の行末など語り合う春の一日が間近い。(MM)(月刊「湧」1989年3月号再掲)