『湧』<blog magazine> nishitakesi

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【湧】北京の哲学者

 

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 北京で三人の哲学者と楽しい懇談のひとときをもつことができた。日本の文化に多大な影響を与えてきた中国五千年の文化の一つの頂点として、老子の思想をできるだけ純粋な形で学びたいという長年の念願の第一歩がかなえられた。
 この哲学者たちは、とくに老子の研究家ということで紹介された方たちであるが、発掘文書の解読など、地味な哲学の基礎研究を続けておられる。あまり人前に出ることがないのか、いずれも質素な身なりで、北京大学の許教授に至っては、ワイシャツの衿の布が二枚目まですり切れているものを着用してはばからない。中国はいま、開放政策の中で経済が先行し、理工学部の教授は人気が高く、文科系はどちらかといえば日が当らず、殊に哲学の教授は「日陰の穴掘り」だという。しかし、雑音に悩まされることがないせいか、研究に没頭している様子で、ういういしく、すがすがしい印象の方々である。
 そこへ日本からの訪問者が、「老子の思想の現代における価値」というテーマで、それも学識者にでなく、一般の人に分かるように発言してみないかという注文をつけたので、三人の哲学者は驚いた。それから六時間にわたり「反自然に向かって突っ走る近代化の中で無為自然を標榜する老子の思想は受け入れられまい」「ではなぜ西欧の学者をして無能無意味とまで言わせた東洋哲学をあなた方はやっているのか」など、西洋文明と東洋哲学との関係などについてさまざまな話し合いが続き、結局「やってみましょう」ということになった。この哲学者を東京に招くのは二年後である。果たして早すぎるのか、遅すぎるのか。 (MM)(月刊「湧」1988年10月号)