『湧』<blog magazine> nishitakesi

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【湧】自らが変わる ※梅野さんからのお知らせがあります!

※事務局です。梅野さんのチベッタンヒーリングは諸事情により来週水曜日となります。本日は『湧』とさせていただきます。また、梅野さんからお知らせがあります。

お知らせ:6月9日(日)午後1時より3時30分
鎌倉の友人のサロンで「チベット 精神の庭」と題するお話会を開きます。
ボン教、チベット仏教を通して五大元素の考え方を見渡す視点、ほかのどこでも聞けないような内容になると思います。
シンキングボウルの演奏とヒーリングもあります。
詳細は、近々fb(梅野さんのFB)にアップ予定ですので、ご覧のうえ、ご来場いただければ幸いです。

【湧】

~原子力がなければ、電気が安く安定供給できないという嘘~ 

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 四月二十三日と二十四日に行われた「原発とめよう一万人行動」は予想をはるかに上まわる盛りあがりをみせたと報道された。
 その記事の中で、集まった人々に対応した科学技術庁のコメントに「新しい相手が多いのではと身構えていたが、話し合いの顔ぶれは従来と同じで拍子抜けした」というのがあった。彼らは、原発に反対の立場をとるこの人達が、主婦を中心とした100万人の署名を集めたり、集会のもち方が従来の反対運動とはちょっと趣きを異にしていたという状勢から、どんな人がどんな方法で新しい原発反対の意見を携えてくるのか、少なからず不安と期待をもって、どう対応したらいいか、身構えていたのだろう。
 たしかに最近の原発への危惧と不信の動きは、子を持った婦人層を中心に、これまでの運動にない勢いで伝播している。次代の生命に対する責任を感じているこれらの人達は、知的な運動の横断的広がりというより、自らのからだの深いところからつのった思いを肌で伝え合っている。だから従来通りの交渉やアピールだけを問題解決の手段だと考えている人には、この新しい層の態度や言語は当分解読できないかも知れない。
 工業化も原発も一夜にしてできたのではない、国民が自らの生活要求の中からいつの間にか作りあげてきてしまったものではなかったか。とすれば、原発推進への不信の拡大は自らの生活への疑問でもある。原発は恐いと気づいた人達の多くは、いままでの運動の権利意識の発揚や、論理闘争という方法を通り越して、自らの生活を根本から問い返し始めている。 (MM)(月刊「湧」1988年5月号再掲)Robert JonesによるPixabayからの画像