『湧』<blog magazine> nishitakesi

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【コウ】スピリチュアルと知性主義_05

もし、私に「普通」でないことがあったとしたら、中学生くらいの頃から、私が考え続けてきた問いかもしれません。私たちはいかに生きるべきか?いかに善く、美しく、真実に近く生きることができるか?

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そのための知識、導きはどうやって手に入れるのか?これらの問いがどこから来ているのか私にはわかりませんでしたが、今の人生、世界を超越したいという願望が強くありました。いわゆる上位中産階級の家庭に育った私は、物質的な豊かさが私に与えるものがないことは既にわかっていました。時々、答えを探して自分で聖書を開いてみたりもしましたが、当時の私には特に強く響くものがありませんでした。もしかしたら神学校に行けばいいのかもしれないと、高校のはじめには考えていたりもしました。しかし、当時の自分の関心は「普通」なことにも多分に向けられ、この計画は次第に忘れ去られていきました。

この時期に私に深い印象を残した出来事が2つありました。まずは、6年間の陸上競技の部活が終わったことです。地方や全国で競ったこともあった私は、日々真剣に走ることに打ち込んでいました。しかし、走り続ける生活は、高校3年生の夏に、ぷつりと糸が切れたように終わってしまいました。私はもう自分が走る人ではなくなったのだと思いました。それまでは簡潔かつ濃密であった人生は、輪郭が曖昧で雑多なものになっていきました。

私たちが私たちについて知っていると思っていることは、一夜にして変わるものなのだと、私は学びました。これは解放的ながらも、背筋のゾクリとする気づきであります。たくさんの時間と努力をつぎ込んで何かになったように人は思うものですが、それは次の瞬間には砂上の楼閣であったことに気づかされます。この後しばらくしてからあった出来事は、私の気づきを確信にしたものでした。2011年の東北大震災です。原発に混乱する世の中の姿、津波に流された近所の家々の光景と共に、この生の事実を私は記憶に刻みこみました。

そのあとに進んだ日本の大学は私に小さくない失望を与えました。私自身の直近の気づき、そして長年の問いへの洞察やヒントを私は大学教育に期待していました。しかし、日本の大学という場所は、往々にして役立つスキルを身につけた専門家を養成するための場所であるようでした。私は理系の学部でしたが、文系の学部といえども、重点は教育よりも研究に置かれているようでした。よい企業への就職もしくは起業家育成でなければ、研究者を育てるのが大学の目的のようでした。人間であること、生きることに関するオープンエンドな学びの環境は、ここでは見つからないだろうと私は結論付けました。私は大学に通うのをやめて、日本の国外を含めて、次の進路を探し始めました。

(文責と画像はコウによる)

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