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【パウロ・コエーリョ】夢に向かって進むー錬金術の極意_5

 今回は「自分の運命を生きるとは?」です。「アルケミスト」で世界的に有名なパウロさんが、東京で行った講演をまとめたものです。

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  1. なぜ人は旅をするのか
  2. 錬金術の意味
  3. すべてのものは繋がりあっている
  4. 兆しが語る言語
  5. 自分の運命を生きるとは?



 錬金術の柱の三番目は私たちの心です。これは私たちの内面に持つ女性的な面だということもできます。それか理性あるいは論理というものと相反するものであっても、それとバランスを取るような形で、何か自然発生的なものとして内面から現れるものについて耳を傾けるということです。

 これは大変根本的なことです。私たちは自分の女性的な面に耳を傾け、その心というものを通してしか、最初の支柱である世界の魂と繋がることはできませんし、二番目の支柱である兆しが語るものも理解できないわけです。

 四番目の支柱は運命、あるいは天命ともいえるでしょうが、自分が何かなすべきことに対しては、代償を払うことがあってもそれをしなければならないということです。これをするためにすべてを捨てる勇気がなくてはいけません。

 今日、私たちのほとんどは自分の運命ではなくほかの人の運命を生きています。これは何か冒険をしたり何か神秘的なことをするよりは、やりなれた同じことを繰り返す方が楽だからではないでしょうか。私たちは自分たちの純度を高めることを勇気を出してしようとはしません。人生におけるリスク、冒険を課そうとせず、夢を追うことをやめてしまいます。そしてそれによって、私たちは自分の人生が持っている意義というものを見失うわけです。

 私が講演をしますと、ほとんどの場合皆さん自分の天命はわからないと言います。実は私はそうは思っていません。本当に自分の内面に耳を傾ければ、自分が何をすべきかということを私たちの一人一人がもうすでに知っていると思います。何か私たちに楽しみを与えてくれるでしょうか。あるいは、何をしているときに、私たちは楽しみを感じないでしょうか。本当に私たちが自分の天命というものを追って、それにしたがった道を進んでいるとき、問題はあまり起こりませんが、何か他の道に進んでいるときに、私たちは問題に直面します。自分の天命にしたがったことを行っているときには、どんな問題に直面しても、それは意味のある問題になります。

 天命というものについて、その意味を語ってくれるあるユダヤの物語があります。あるユダヤ教の寺院の中で、人々の一団が祈りを捧げています。静かに耳を澄ますと、ある声が聞こえ始めました。この声はA-B-C-Dというふうに言っています。聞けば聞くほどはっきりと聞こえて来ました。人々の祈りが徐々にやみ始めみんなが声のする方に振り返ってみますと、少年がいて、A-B-C-Dという言葉を繰り返しています。人々は非常に怒りを感じました。ラピが少年のところにいって、いったい何をしているのかと聞きました。少年はラビに謝って、自分は経典の文面も知らないし、祈りの方法も知らないので、とにかく自分の知っている文字を唱えれば。神様がそこから何か意味ある言葉を紡いでくれるのではないかと思った、と答えました。

 まさに私たち自身が今していることはこれと同じことではないでしょうか。つまり私たちは宇宙に向かって。こういった自分かちが知っている文字を歌い、そこから何か人生の意味を見つけようとしているわけです。私たちは自分は夢を見るには歳をとりすぎているとか、自分が持っている夢は子どもじみているというふうに考えてしまうかもしれません。しかし、この少年がしているのと同じように、こういった文字を宇宙に向かって投げることによって。宇宙、神が意味あるものを逆に創造してくれていて、私たちはその創造してくれている意味を理解しなければならないわけです。そこで創り上げられた文章はもしかしたらこう言っているかもしれません。「前に進みなさい、勇気を出して進むのです。大事ではないものにとらわれずに、自分の夢を追いかけることです」 地湧社の月刊誌『湧』(1996年12月号)からの再掲(文責 地湧社編集部)

 

アルケミスト―夢を旅した少年

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