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【パウロ・コエーリョ】夢に向かって進むー錬金術の極意_4

 今回は「兆しが語る言語」です。「アルケミスト」で世界的に有名なパウロさんが、東京で行った講演をまとめたものです。

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  (miqui saitoによるイラスト)

  1. なぜ人は旅をするのか
  2. 錬金術の意味
  3. すべてのものは繋がりあっている
  4. 兆しが語る言語
  5. 自分の運命を生きるとは?

 

 4.兆しが語る言語
 錬金術の二番目の主要な柱となっているのが、兆しというものか語る言語です。『アルケミスト』では羊飼いの少年がこの兆しというものを理解して、それが宝物の発見に繋がっていくわけですけれども、宝は物質ではありますが、今まで話してきたようにすべては投影ですので、それは物質的なものとは関係ありません。兆しはすべて、私たち一人一人に与えられたアルファベットであると言えます。それを解釈することによって、私たちは自分自身の道を見つけるわけです。

 羊飼いの少年は、もちろん最初はさまざまな問題に直面し、強盗にあったりするのですが、兆しを解釈することによって、一番良い決定を下す方法というのは、場合によってはその決定をすることを避けることだということも彼は十分理解します。

 何か兆しかを言うことは、私には不可能です。私自身にとっての兆しと皆さん一人一人が見る兆しはまったく違うものですし、私たちは実際毎日そういった兆しに出合っていきます。そして、それに対して私たちができることはそれに注意を払い、信頼するということだけです。たとえ論理的理性的な意味ではまったく意味をなさないことであっても、兆しというものは確かに現実のものであり、それは私たちが精神世界、あるいは霊的な世界との直接的な繋がりを持つ一つの道であるからです。私たちはある既成の規則やあるいは先生というものに従う必要はまったくないわけです。私たちは自分自身がそういった兆しを理解する力を備えています。

 兆しは、私たちに間違った方向に向かうことを避けるような道を見せてくれます。先ほど私はちょうど二週間ほど前にアメリカにいたときに自分に起こった兆しというものを思い出しました。この時私は『星の巡礼』のプロモーション中でした。マイアミで出版社の人と夕食をとり、何件かの書店を回った後、私の広報担当の人がちょっとここで待っていてほしいと、ショッピングセンターに私を残して去っていきました。
 待っている間、突如私は自分がいかに疲れ切っているかということに気がつきました。非常に長いプロモーションのツアーの最中で、まだこのあと日本に行ってからフランスに向かうという予定でしたけれども、こんなところにいるよりもビーチにいたいくらいじやないかと思いました。このツアーが自分にどれほど役立つかわからないし、本当にここにいたくないという衝動に駆られ、その時点ではこのツアーは途中で止めようと思ったのです。

 まさにその瞬間、私の前をどこかの母親と子どもか通りかかりました。その子どもがお母さんに向かって「『アルケミスト』の本、読んだ?」と聞いたのです。それに対する答えは聞き及びませんでしたけれど、その子は「本当にすばらしい、いい本だった」と母親に語っていました。私はとっさに「実は私がその本を書いたのです」と言いましたら、母親は子どもをさっとつかんで「この人、気が狂っている」と言って、その場から走り去ってしまいました。

 ある意味ではこれは1つの兆しであったといえます。まさに私がこのツアーが果たして本当に意味があるのかと疲れ切って考えていたときに、そういうふうには見えなくても実は報われるのだ、意味があるものなのだということを兆しは私に言ってきたわけです。この子どもの言葉はある意味では「ハウスそんなに疲れた顔をするなよ、頑張れよ」という天使の声であったといえます。

 これは私の体験ですけれど、皆さんも毎日同じような体験をしていることは間違いないと思います。皆さんか読んでいる本のある一つの文章から、何か閃きが与えられるかもしれません。パン屋さんが言った何か二百かもしれません。兆しというのはいつも私たちの回りにあふれています。ただ、私たちはそれを意識しなければいけないということです。ある兆しに従うことによって、何か間違いをするかもしれないということを恐れてはいけないのだということではないかと思うのです。

地湧社の月刊誌『湧』(1996年12月号)からの再掲(イラストはmiqui saitoによる) 

アルケミスト―夢を旅した少年

アルケミスト―夢を旅した少年

 

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