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【チベット:永沢哲】文明の21世紀モデル① ~チベットと未来~

 最近、時々見る一枚の写真がある。人工衛星からながめた地球の写真だ。熱帯雨林の深い緑。しだいに広がりつつある砂漠。そこには、国境は描きこまれていない。宇宙から見た地球の姿は、人類、そしてそれをはるかに越えて続いてきた地球の歴史についての思考を誘い出す。f:id:jiyusha:20190415224725j:plainぼくらはどこから来て、どこへ行こうとしているのか? だがその思考は、地球だけにとどめておくことができないものだ。地球が、宇宙の一部として、その外部とたえざるコミュニケーションエネルギーの交換をしている開放系であるかぎりにおいて、地球について考えることは、宇宙について考えることにつながっている。人類はいま、地球上でストックされてきたさまざまな知恵の伝統を内側から開き、近代が生みだしてきたさまざまな科学とのコミュニケーションの中から、新しい文明と生き方のスタイルを作り出そうとしている。その作業における根本条件は、宇宙の発生や死の瞬間もふくめた人間の意識にかかわる抽象的な領域と、多様性にみちみちた生命の織りなす具体的な領域を、自由に往来できるような知性のあり方を作り出すことだ。現在、チベットについて考えることは、そんな地球の意識史の次のステップについて考えることと不可分だ。

 ヒマラヤ山脈の裾野に広がる中央アジアの高原地帯で、チベット人たちは、とても不思議な文明を作り上げてきた。そのベースには、日本の神道やアメリカ・インディアンの精神世界などとも一脈つうずるシャーマニックなボン教がある。それらには基本的なイデオロギーのレベルにおいても、儀礼の細部にも、とても見逃すことのできない共通点がある。それはとても偶然とは思えない。かつて、地球上に広がっていたシャーマニズムのいわばトランスコンティネンタルな深度について、考え直す必要を思わせられけれども、それだけではない。シルクロードをつうじて移動し、交流したユーラシアの東と西の文明と融合しながら、チベット人たちは、七世紀の仏教伝来前から、単純にシャーマニズムというのがはばかられるような、独特の占星術や医学の体系をもつ高度の文明を発達させていた(その中心は、現在のカイラシュ山の周囲にかつて花開いたシャンシュン文明だった)。そして、八世紀における後期密教の伝来は、いわば、そんな沸騰するアマルガム状態にあったチベット文明に、触媒を投げ込むようなものだった。そこからは、単なるシャーマニズムでもない、いわゆる仏教でもない、しかも、そのどちらをも包みこんだダイナミックな精神のありようが生まれてきたのである。

地湧社の月刊誌『湧』(1991年12月号)からの再掲(文責は永沢哲による)

 Okan CaliskanによるPixabayからの画像

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