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【湧】愛蔵書

~今や本は邪魔者、でも味わいはKindleとは違う~

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 愛蔵書といわれるように、一度手にして愛着をもった本は、家が狭くて置き場所に困っても手放し難いものである。箱詰めの本ではとっておいても何の価値もないでしょうと、家族の冷たい扱いを受けながら、幾冊かの本を残してきた。今度、家の引っ越しを機に思いきり大きな書棚を作ったので、何年もの間段ボールに入っていた本がいっせいに並べられ、日の目を見ることになった。

 まもなくして、ある日高校生の娘が黄色く変色した本を引き出して熱心に読んでいるので、のぞいてみると『世界史読本』という古い一冊だった。彼女はこの本はわかりやすくて面白いといって大変気に入ったようすである。新人類といわれる年代の娘にこんな古い本が読めるのかといぶかって、後でページを繰ってみると、序文に、この本の編集意図がいきいきと書かれ、これからこの本を読みはじめる読者を鼓舞するに十分な覇気がみなぎっている。奥付けをみると昭和三十四年発行、実に二十八年前のものである。おもえばこの頃は日本中が民主化の波の中にあり、経済が急成長をはじめた時期である。「歴史家は未来への願いを投影しながら歴史を書く」というが、理想が描ける、未来あるよき時代であったと思う。
 書き手の「気」を十分に宿した本は、絵画などの美術品同様、時代を経ても人の心に響くのだろう。肩身の狭い思いで苦労してこのような本を保存してきたことが、最良の形で報われた思いであった。 (MM)
(月刊「湧」1987年3月号)Free-PhotosによるPixabayからの画像