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【湧】栞(しおり)

~”栞のテーマ”が思出ですが、息子への想いですね~

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 ニューヨークで精神活動を続けている田中成明という友人から変わった栞セットの贈り物が届いた。手のこんだ奇麗なこの金属製の栞には欧米の人々の「本」に対する深い思い入れと愛情が感じられる。

 日本語の栞の原意は、枝を折って道しるべとすることにあるという。

 栞といえば、私はすぐに民話の「姥すて山」をおもい浮かべる。また、この民話に基づいて書かれた深沢七郎作『檜山節考』も発表当時大変な評判となり、映画化もされ演劇でも上演されたが、ことに松禄が演じた歌舞伎座の舞台は、私の心の中に民話と二重うつしとなって四半世紀を過ぎた今でも生々しく残っている。

  姥すて山の上で老母に別れた息子が、山を下りはじめると急に雪が降りだし、辺り一面が真っ白になってゆく。ふと気がつくと折れた木の枝がある。帰り道で息子が迷わないようにと老母が折った枝が綿々と続いている。感極まった息子はいま来た道をとって返し「かあさん!雪だよ!」と叫ぶ。その声が雪の坂道で滑って転ぶ板の響きと絡み合って、いつも私の耳の底で再現される。

  私達の身の周りには知識や道具というちりが積もって道を見失い、知らず知らずのうちにいつの間にか文明の迷路に入ってしまっているのではなかろうか。

 大いなる知恵をもつ老母が折った栞はどこにあるのだろうか。その現代の栞を求めて私達は本づくりの旅を続けているのだが。     (MM)

(月刊「湧」1986年4月号 再掲)